洋楽と脳の不思議ワールド

60年代のマイナーなビート・バンド紹介と駄洒落記事、書評に写真がメインのブログです。

ドラキュラ伯爵の哀愁(かなしみ)・・・The Small Hours

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天(そら)に敷き詰められたる星辰(ほし)を褥(しとね)に乙女は熟睡(うまゐ)す。

焚(た)き籠めた沈香(ぢんかう)の香色(かおり)に包まれて、顔容(かんばせ)穏やかに夢を夢みん。

傍らに佇立(たたず)むか黒(ぐろ)き像(かげ)のひとつ。

眸(め)に恋の焔(ほむら)を燃やし、憂悶(うれひ)の光景(ありさま)。

吸血鬼(ドラキュラ)伯爵なればなり。

来し方を捨ててこの恋に身を任すべきや否や。

吾が心に生じたる妖事(ふしぎ)に煩悶(とまどふ)ばかり。

思案(ふしぎ)に身をまかせ、つひに決意をぞ固めたる。

堕(お)ちたる光の天使(サタン)に違背(そむ)きて神を崇め、乙女を得ん。

なんぜう、逡巡(ためら)はんや。

危惧(おそれ)の心を捨てよ。

愛人(をとめ)の唇(くち)に接吻(くちづけ)してほんたうの快楽(たのしみ)を知るは今ぞ。

膝を折り、乙女の唇に顔を近づける。

歓語(ささめごと)を囁きながら。

 

あっ、首筋を噛んじゃった。

 

 

 

 

前回、洒落で書いたら意外と評判が良かったので続きを書く。

戦後の国語教育は漢字の読み、字義を制限しているので、慣れてないと思うけど、漢字は1語に多義があり、字義さえ違(たが)わなければ、どんな読み方(訓読み)をしてもいいのだよ~という意味でモノした。

関心を持ってくれると嬉しいのだが。

 

夜の話だから音楽は Small Hours の End Of The Night にしよう。

聴き慣れた曲のはずだが、ロンドンの Bridge House のライヴだというこの音源はスタジオ盤と少し違うので面白い。

 

https://youtu.be/GXd6GHc16NY

 

 

 

 

 

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男の手料理・・・・The Cramps - Heartbreak Hotel

行く春や鳥啼(な)き魚(うお)の目は泪(なみだ)


深秋だというのに、突然芭蕉の春の句が浮かんだのだ。

何故だろうと考えたら、そうか~兜煮が食いたいんだな~と気づいた。

そんなわけで、今日の男の手料理の時間は「兜煮」のレシピです。

 

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ゼラチン質の目ん玉が絶品ですよね。

魚好きの目玉商品です。



男の手料理の第一歩は、具材を手に入れることから始まります。

近所のスーパーのチラシを眺め、安いあらを探すなんてのは下品(げぼん)ですね。

名人は山に登ります。

おお~見つかったぜ~






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鳥兜(トリカブト)です。

食すると、全身に毒が回って得も言われぬ至福のひと時が過ごせるんです。

ツウは鷹の爪を添えるんですねえ。



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魚独特の臭みが消えて食べやすくなるんです。



食材探しにせっかく山に来たんだから、「10%の消費税は鷹いぞ~」と大声で叫んでください。

ほら~呼びかけに応えて現れました。




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ちゃんと爪切は持ってますよね。

丁寧に優しく爪切してあげましょう。

料理人たるもの感謝の心を忘れないように。



いかがでしたでしょうか。

皆様とともにこれからも美味しい料理作りに励んでいきたいと思います。感謝。



写真が余ったので我が家にご招待しましょう。

兜煮をご馳走になりたい方はいつでも食べにいらしてください。







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そうそう~言い忘れましたがボクの故郷、ルーマニアの人たちはドラキュラ城と呼んでるみたいです。





そんなわけで音楽に行きましょうか。

どうせのことなら、ドラキュラに襲われる可愛らしい女性がいいよね。

Poison Ivy なんかいかがでしょう。

このメンバー時代のクランプスが最高なので、性懲りもなくまたこの映像です。



昔の記事の一部。



「Fur Dixon がベースで加わったこの時期の演奏がイチバン好きなのだ。

調子外れのような入り方をしながら、ぴったり合っている Poison Ivy のギタープレイは何度聞いても不思議だ。

こういう他人に真似できない感性が、このバンドを長寿バンドにした秘訣のひとつなんだろうと思う。

Heartbreak Hotel。」

https://youtu.be/IMFO4aadGgM

 

 

悲しき願い・・・The Alan Price Set

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夜鶯(ナイチンゲール)の旋律(しらべ)が聞こゆる頃ほひ、射干玉(ぬばたま)の闇は靄気(もや)を払つて泊夫藍(サフラン)色の天(そら)が静かに垂帳(とばり)を開く。

昧爽(よあけ)とともに野は薔薇色に輝き、巴旦杏(アーモンド)だの風信子(ヒアシンス)だの忍冬(すひかづら)だのといつた花々が一斉に咲き誇り、咲き乱れる。

楚々(すらり)とした美女(たをやめ)は花車(きやしや)な右手(めて)を高く掲げ、深き長嘆(ためいき)を洩(も)らす。

そは何故(なにゆゑ)ぞ。

恋する青春(わか)き乙女。

清宵(ゆふべ)の星辰(ほし)の高さを量(はか)つて考へてみるに、妾(わ)が思慕(おもひ)の人はもはや生きては帰らじ。

浴槽(ゆふね)に薔薇の花片(はなびら)を浮かめて生れたままの姿になり、斎戒沐浴して古(いにしへ)の波斯(ペルシャ)人(びと)のごとく鬱金香(チューリップ)の花を捧げ持ち、金剛石(ダイヤモンド)の腕輪を翠玉(エメラルド)の首飾りを黄玉(トパーズ)の腰帯を神々に捧げまつる。



ちょっと遊んでみたけど、どうかな??







エリック・バードンと別れた後の67年、アラン・プライスは自身のバンドで「悲しき願い」をBBCで演ったらしい。

05年の写真の2CDに Previously Unreleased BBC Session とあるので、このとき初めて現れたんだろう。

アニマルズ時代のヴァージョンとは違っていて、これはこれで面白い。


https://youtu.be/iq-UcRd9uEA

 

 

 

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挫折の人生の何が悪い(開き直り)・・・The Slickee Boys

小学生時代のボクの夢は、忍者になることだった。

 

当時の漫画雑誌には、必ず「忍者になる方法」といったような修行法が載っていた。

まず、屋根の上までぱっと飛び上がる跳躍術の訓練は、大麻を植えて毎朝飛び越えるようにすること。

麻は成長が早いので、跳躍力も飛躍的に身につく。と書いてあった。

ボクは麻を植えたのだけど、乾燥した葉っぱがマリファナだというので、警察が全部没収していった。

朝起きてきて、麻が消えた庭を見たボクの衝撃を想像してくれ~

しくしく泣いていたら、近所の女の子に浅はかね~と笑われた。

そんなわけで、ボクのオリンピック出場の夢は消えたのだ。

 

忍者は風のように速く走る。

速く走る訓練は、10mくらいの布を頭に巻きつけ、先が地面に触れないように走ることだと教わった。

布の替わりに、オヤジの帯を頭に巻いて走った。

当然、ひらひら舞い上がることはなく、ずるずる引きずったのでボロボロになった。

オヤジが大切にしていた高価な帯だったらしく、思い切り怒られて「お前のようなバカ息子は勘当だ~」と家を叩きだされた。

ボクが「家なき子」になったのはそういう理由からだ。

のちに誰かが「家なき子」という童話を書いて儲けたらしいが、ボクのところに印税は入ってこなかった。

 

忍者は鍋蓋のようなものを履いて、水の上をすいすい~逃げる。

この術の訓練は、右の足が沈む前に左の足を前に出し、左の足が沈む前に右の足を前に出す~といったように交互に素早く左右の足を出し入れすればよいと書いてあった。

緻密な論理構成に感激したボクは、鍋蓋を足にくくりつけて近所の海で訓練した。

ずぶずぶと沈んで、溺れる寸前に助けられた。

どの訓練も上手くいかなかったので、忍者になる夢が挫折した。

 

 

中学に入る直前、ボクはビートルズなるものを知った。

たちまち洋楽に夢中になったので、ビートルズのようなスターになりたくて、ギターを買った。

ギターが弾けないとスターになれない、と信じていたからだ。

3日もたたずにボクは諦めた。

とてもじゃないが、鉄の爪フリッツ・フォン・エリックのように、片手でスター林檎を握りつぶせるほど握力が強くないと分かったからだ。

2度目の挫折だ。

悪いことに坐骨神経痛になったらしい。

動けなくなったのでしばらく休学してから通学した。

と、教室へ入るとボクの座席がないのだ。

休んでる間に転校生に席を奪われたらしいのだ。

こうして2度目の放浪生活に入った。

 

幸いなことに、図書館が放浪生活者受け入れ施設も兼ねていたので、好きなだけ読書三昧に耽った。

たまたま手にした「中央アジア史」という本で、ボクは初めて絹の道(シルク・ロード)のこと、西域のことを知った。

以来、現在に至るまでボクの西域熱は冷めない。

だから高校時代は西域専門の学者になる予定だった。

それなのに大学受験のとき、歯の根が合わないほど寒い日だったので、史学科じゃなく歯学科を受けてしまったのだ。

師は愕 然として皺を震わせ、「お前のようなバカには学問をやる資格がない。出て行け~」と大学からも追い出されてしまった。

天国よいとこ~♪ イチドはおいで~♪ 酒は美味いし姉ちゃんは綺麗だ~♪

と、鼻歌まじりにボクは門から紋付はかまで出て行ったのだった。

 

80年、NHKが「シルク・ロード」を放映したときはTVにかじりついて観ていた。

そのとき使われなかったフィルムが番外編として、現在、毎週水曜日の午後6時から放映中だ。

1昨日はタリム盆地のオアシスのウィグル人の暮らしを放映していた。

驚いたことには、大五郎カットにそっくりの幼児が映っていたのだ。

子連れ狼」のルーツは西域かも知れず、もしそうなら、面白いなあ~~

 

 

 

 

 

 

トルコ系のウィグル人が登場したのは比較的新しく、9世紀になってからだ。

中国人が西域の地理を知ったのは前漢武帝の時代、張騫(ちょうけん)の功に拠る。

紀元前120~130年ごろだと思えばいい。

そのころ、この地にはいくつものオアシス国家があり、住民はほとんどがアーリア系だ。

イチバン有名なのが「楼蘭」。

 

 

 

 

 

 

 

忍者といえばこのアルバムジャケ。

まだ真面目な音楽ブログを書いていた頃ブロ友さんから教わり、一発で飛びついたバンドだ。

 

 

 

2011年の記事の再録だけど、日本では相変わらず知名度が低いと思うので、向こうのマニア記事をまとめた紹介です。

 

日本では全く無名らしいが、めちゃくちゃかっこいい。
アメリカでは評価がうなぎのぼりのようで、ネットでも多数の情報源にアクセスできる。
wikipedia の記事は参考にならないのでマニアの記事にアクセスした方がいいです)
 

75年から91年まで活動していたインディーバンドで、拠点はワシントンDC。
80年代前半の映像だと思うが、まずはこのライヴをどうぞ。

 

The Brain That Refused To Die

 

 

日本のインディ・シーンでも見られたようなライヴで、懐かしい~と感じる人も多いはずだ。
(ボクは80年代の実際のインディ・シーンには立ち会ってないので、また聞きでそう思うだけです・・苦笑)
この映像は音が悪いのが難点だけど、雰囲気はばっちり伝わってくる。
いまならガレージ・サーフとでも名づけたいサウンドだ。

 

映像で仮面をかぶっていた Kim Kane というギタリストと、もうひとりのギタリスト Marshsll Keith が中心で、76年に最初のEP Hot And Cool をリリースしている。
Uでも2曲投稿されていて聴くことができるので興味を抱いた方は是非お聴きください。

 

ボクがびっくりしたのは、この時代のメインストリームロックに背を向けていることではなく(そんなことは当たり前)、その背の向け方だ。
ピストルズラモーンズとほぼ同時期に登場しながら、パンクに向かわず、独自の方向を向いている。
ニューロック以前のサーフ・ミュージックやビート・ミュージックをルーツにしていることで、こんなガレージ・サウンドが市民権を得るまでには、それから長い年月を必要としたのだ。

ヤードバーズの Psyco Daisies をカヴァー(それもほぼ原曲どおりに)しているなんて、この76年当時考えられもしないことだ。
 

初期のバンドのヴォーカルは Martha Hull という女性で、78年から Mark Noone という男性に代わっているが、この2人、声がよく似ている。

 

78年までに3枚のEPを出していて、82年にドイツの Line レコードが、その3枚のEP盤と2枚のシングル、未発表の1曲を1枚のLPに収めた Here To Stay というアルバムをリリース。ヨーロッパのアバンギャルドなロックファンの知るところとなった。
ライン・レコードといえば、60年代ブリテッィシュ・ビートのリイシューに力を入れていたフォノグラム傘下のレーベルで、白い盤面が特徴。ボクも随分お世話になったのだが、このジャケは一度も見かけたことがなかった。
残念だ。
日本人なので、ジャケを見ただけで買ったはずだ。

 

こんなジャケです。

 

gotta tell me why

 

 

オリジナルなのかカヴァーなのか分からないが(マーク・ヌーンが書いたと教わったので追加しておく)、名曲だ。
この数日、毎日聴いているが、ちっとも飽きないどころか何度でも聴きたくなる。
 
ワシントンDCで熱狂的なファンを獲得していた彼らが全米に知られるようになったのは83年のことだそうで、When I Go To The Beach の自主制作ヴィデオクリップがMTVで評価され、MTVをはじめ各局で流れるようになったためらしい。

 

このヴィディオもあったので一応貼り付けておくが、ポップすぎて好きではない。
多分彼らの作品の中でも数少ないポップ・ミュージックだと思う。

 

 

以上3曲だけ聴くとガレージ・サーフ・バンドのような気がするが、そうではない。
彼らの音楽はもっと奥が深くて、83年のアルバム Cybernetic Dreams Of Pi はサイケがたっぷりしみこみ(Invisible People が聴けます)、85年の Up,Uh oh...No Breaks ではロカビリーファンのとりこみまではかっているそうだ(既発を録りなおしたアルバム)。

 

88年にフランスのレコード会社が、Fashionably Late というアルバムを出していて、これが日本でも発売されたらしい(既に廃盤)。
この88年夏にはフランスツアーを行い、その模様が Live At Last と名づけられて89年にフランスで発売されている。

 

帰国後、創立メンバーの Kim Kane が離脱。
他にも辞めるメンバーいたので、しばらく活動中止。
新メンバーで再出発したがうまく行かず、すぐ正式に解散している。

 

メンバーは個々に活動しているが、解散後も評価はうなぎのぼりなので、何度か再結成コンサートを開いている。
どの映像を見てもテンションが落ちておらず、日本にも是非来て欲しいバンドだ。
 
再結成なのか、活動後期の映像なのか分からないが、再度 Ya Gotta Tell Me Why のライヴ。
ゾクゾクするなあ~最高!!!

 

 

余談だが、この時代のワシントンDCの音楽シーンは独特だったのだろうか。
同じ頃、この地には Chuck Brown という黒人ミュージシャンがいて、ファンクをベースに古いジャズやブルースで味付けした Go-Go という独自の音楽スタイルを確立して活動していた。

 

1度記事を書いたことがあるので興味のある方は下記へ。

 

 

梶井基次郎創作集「檸檬」初版・・・The Lemon Tree

ちょっとインチキ加減のタイトルだが、半分は正しいのでご勘弁。

檸檬」の初版は、梶井基次郎存命中の昭和6年(1931年)5月、武蔵野書院より刊行された。

500部刊行。

翌昭和7年(32年)3月永眠。

そして昭和8年12月1日、「梶井基次郎創作集 檸檬」が武蔵野書院・稲光堂書店から刊行され、今日紹介する本。

収録作品は初刊と同じ。

定価は1円50銭。

 

普及版ということかな?と思ってネットで調べたが、ヒットしない。

昭和6年の初版のほうは3件ヒットして、売値が7万円台から8万円台。

古書価の暴落はとどまるところを知らないようだ。

ボクの後の年代本(昭和12年版画荘文庫版)が3万円台で出ていたので、似たような売値だろう。

もっとも、売るつもりはないので参考程度だが。

 

希少本だったらいいなあ~(笑)

 

順に表紙、扉、目次、奥付、そして有名な「櫻の木の下には」の冒頭の一行、「櫻の木の下には屍體(死体)が埋(うづ)まってゐる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

檸檬」刊行後、一篇しか作品を書いてないので、ほぼ全部この1冊で読めるというわけだ。

こんな有名な人と作品の話を書いても仕様がないので、「檸檬」にちなんだ曲を聴きましょう。

 

 

ジョン・檸檬だな~と思ったあなた~!

ボクはそんな親父ギャグ(使い古された駄洒落)は嫌いなんです。

 

86年に手に入れた See For Miles 盤 The British Psychedelic Trip(もう何度目の登場になるか分からなくなったが)に、Lemon Tree というバンドが収録されているので2曲(シングル2枚で終わったバンド)いきましょう。

Move や Idle Race 同様バーミンガムのバンドなので、ジェフ・リンがELO結成のため Idle Race を抜けた際、Lemon Tree のギター&ヴォーカル Mike Hopikins が1年だけ替わりを努めている。

 

まずはボクのコンピ盤収録 It's So Nice To Come Home。

この曲の共同プロデューサーが Discogs によれば Move の Trevor Burton で、関係の深さが分かる。

https://youtu.be/o3IxUl2307Y

 

次は William Chalker's Time Machine。

2曲とも現れたのは68年。

https://youtu.be/fHrmEv4LMw4

辻潤「ですぺら」初版本/パンク小説「アナーキー・イン・ザ・JP」・・・The Sex Pistols

辻潤澁澤龍彦と並んで、ボクの人間形成に大きな影響を与えた人なので、2008年の記事を一部書き直して再掲載する。

2人とも思想や政治が大嫌いで、主義主張なるものを田舎者の意匠として軽蔑した。

今日、ボクがネトウヨなる人種を軽蔑し、嫌っている淵源でもある。

辻潤は自らを「低人」と称して市井陋巷に身を置いた。

夢野久作をボクは大好きなんだけど、彼は戦前右翼の「黒龍会」を頭山満とともに設立した杉山茂丸の息子。

そのせいで政治的な文章も書いている。

澁澤龍彦先生はそれが気に入らないらしく、久作とほぼ同時期に登場してきた小栗虫太郎を高く評価する文章の中で、「どだい、久作のような田舎者とは違うのだ」と辛辣なこと書いている。

右翼と言っても「黒龍会」とネトウヨは似て非なるものだと一言しておく。



前置きが長くなった。

ですぺら」です。




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辻潤というマイナーな文人のことを知っている読者がどのくらいいるのか疑問だが、日本文学の主流とは無縁の人なので、それも仕方が無いことだ。
が、知っている人にとっては、これほど魅力的で影響力のある人物はいない。

初めて彼を知ったのは、高校生当時、オリオン出版というところから初めてまとまった形で作品集が出版されたのがきっかけだったが、たちまち夢中になってしまった。

大正から昭和にかけ、翻訳家、エッセイスト、小説家(一部)として活躍した人で、なによりも彼の凄まじい生き様に多大な影響を受けた。

日本社会の事大主義や権威、政治運動や大衆運動といったものにそっぽを向き、自身を社会的無能者と規定して、アナキストダダイスト、エゴイスト、ニヒリストとして生きた人だ。

現在、講談社文藝文庫から「絶望の書、ですぺら」が唯一刊行されているので、興味のある方はお読みください。
ただし、毒が体中にまわるので、抵抗力の無い青少年が読むと、今のような世界でこれからの人生を生きていくのは苦労するかもしれないのでご注意を。


1923年(大正12年)、関東大震災が起こり、どさくさに紛れて、大杉栄伊藤野枝憲兵隊に惨殺されたが、伊藤野枝の前夫が辻潤だ。

当時も今も伊藤野枝の前夫としての辻順にスポットが当ることがあっても、文学者としての辻潤に光があたらないのは残念なことだ。

ついでに言うと、このとき手を下したのは憲兵大尉、甘粕正彦で、のちに陸軍参謀本部に栄転し、満州国成立の立役者となるが、今日、反中国の立場から甘粕評価の動きがあるのはボクには狂ってるとしか思えない。

主義者同士で殺し合うのは、権力にとりつかれた政治的人間の常なので、伊藤・大杉惨殺についてああだこうだいうつもりはないが、6歳の子供まで殺した人間を評価するなんて噴飯ものだ。


辻潤は1888年(明治17年)生まれ。江戸の札差の家に生まれたので子供時代は江戸時代の遺産でかなり裕福に暮らしていたらしい。維新後、生活無能者の父は没落、自身も開成中学を2年で中退している。

幸い、英語に堪能だったので、上野高等女学校で教師の職を得るのだが、教え子の伊藤野枝と恋愛し、教師を辞め、翻訳で生活するようになる。

最初に翻訳したロンブローゾの「天才論」が20数版のベストセラーとなり、そのまま行けば文壇の寵児になったはずなんだけど、仕事をする気はまるでなし。
そのうち、平塚らいてふの「青鞜」に参加した伊藤野枝大杉栄の元に走り、ますます厭世家となっていく。

神近市子と伊藤、大杉の3角関係が、有名な日陰茶屋事件というのを起こしたこともあり、辻、伊藤、大杉の3角関係も様々な文藝作品にテーマを提供していて、生田春月「相寄る魂」、野上弥生k子「或る女」、大杉栄「死灰の中より」、谷崎潤一郎「鮫人」等々でモデルを提供している。
(ついでに触れると、日陰茶屋は現在も逗子で営業していて、この店の次男だったか3男だったかが、向かいにラ・マレー・ド・シャヤという店をやっていて、デート・スポットとして賑わっている。)

代表的な翻訳書が先の「天才論」、マックス・シュタイナー「唯一者とその所有」、トマス・ド・クゥインシー「或る阿片吸引者の告白」。

書名を眺めただけで、彼の精神のありようが普通とは違う方向を向いていたのが分かるかと思うが、大正11年(1922年)にダダの詩人高橋新吉を知り、以後はダダイズムに傾倒し、自らをダダイストと称するようになる。

ダダというのは、第1次世界大戦末期にトリスタン・ツァラを中心にチューリヒで起きた文学運動で、既製価値への反逆を目指していた。
後にシュールレアリズムへと受け継がれていくのだが、ダダが独立した個々人の「理由なき反抗」であったのに対し、シュールレアリズムはアンドレ・ブルトンを中心に理論化され、組織化されて行く。

前置きが長くなったが、写真の「ですぺら」は辻潤の代表的作品で(といっても雑文集だが)、20歳の時に手に入れたもので、超大事にしている1冊だ。

大正13年(1923年)7月10日発行の初版本で、新作社が発行し、発売元は文行社。

四六版、丸背カバー装厚表紙だが、ボクのはカバーが失われているので、表紙を掲載した。

写真は奥付見開きで、白頁に元の持ち主(多分当時の青年)が描いた「ニヒリズムとぼんくら」と題したイタズラ描きがある。

おそらく、感動のあまり興に任せたのだろう。

時代を超えて元の読者と会話が出きるような気がして、気に入っている。


この後、辻潤はパリ在住の武林夢想庵の尽力もあって、念願のパリへ読売新聞社の第1回パリ文藝特派員として1年間滞在するのだが、あれほどパリへ行きたがっていたにもかかわらず、パリは石畳の街で、ゲタをはいて歩くと滑るから嫌いだと称して、部屋に閉じこもって中里介山の「大菩薩峠」を読んでいたというのだからますます好きになるじゃありませんか。

このとき中学生の息子、辻一(まこと)も連れて行ったので、当時武林無想庵のところにいた山本夏彦とも旧知の間柄になったらしい。

辻まことは山岳画家・エッセイストとして活躍したので今でもファンが多いし、夢想庵のことは山本夏彦が「夢想庵物語」を書いて90年の読売文学賞をもらったので、ご存知の方も多いと思う。

辻潤の信奉者は全国にいたので、帰国後は各地の信者たちの元に身を寄せる放浪生活を送っていたようだ。

「天狗になった」といって2階の窓から飛び降りたりしたのもこのころのことで(精神に異常を来たしたという説が有力だが、マリファナのせいだという説もある)、戦争終結一年前の昭和19年に餓死している。(こういう凄まじい話にも心惹かれるのだ)。

いま「ですぺら」の目次を掲げるが、彼の独特の言葉使いに注目。


ですぺら
ダダの話
ぷろむなあど・さんちまんたる
文学以外
らぷそでぃや・ぼへみあな
あぴぱッち
わりあちおん
ふもれすく
陀々羅新語
享楽の意義
きゃぷりす・ぷらんたん
ぐりんぷすDADA


ですぺら」というのは despair(絶望)の意味で、「ふもれすく」は「えふもれすく(=ユーモレスク)」のことです。
「ふもれすく」は伊藤・大杉惨殺の後、彼が唯一2人のことを語った文章で、辻潤という人を知ってもらうために、1節を抜き出す。



 ・・・僕がこの人生に生れて来たことは伊藤野枝なる女によつて有名になり、その女からふられることを天職としてひきさがるやうなことを云はれると僕だとて時に癪にさはることがある。
 癪にさはると云へば往来を歩いてゐる人間のツラでさへ障らないのは先づ稀である。それを一々気にしてゐたら、一生癪にさはることを天職にして暮らさなければならなくなるだらう。感情の満足を徹底させれば、殺すか、殺されることか、――それ以外に出る場合は恐らく少ないであらう。
 だから僕などはダダイストに何時の間にかなつて癪にさはるひまがあれば好きな本の1頁でもよけいに読むか、うまい酒の1杯でもよけいに呑む心掛をしているのだ。


大杉栄伊藤野枝・甥の橘宗一(6歳)惨殺事件のことはウィキペディアに項目が立っている。

下記。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%98%E7%B2%95%E4%BA%8B%E4%BB%B6





2010年、中森昭夫という人が大杉栄辻潤の登場する「アナーキー・イン・ザ・JP」という500枚の書下ろしパンク小説を「新潮」に発表した。





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パンクに目覚めた現代の高校生が、シド・ヴィシャスに会いたくて降霊をしたところ、大杉栄の霊が現れて・・・
と、あんごさんに教えてもらったので、こりゃ面白そうとすぐに図書館へ行ったところ、「新潮5月号」の予約が先に5人も入っていて、ようやく昨日借りられた。
売れない文芸誌に予約が殺到するとは、あんごさんの文芸ブログ「石の思い」の影響力はすごいのだ。
目指すは中森明夫アナーキー・インザ・JP」。
500枚の大作だが、一気に読み終えてしまった。

76年に登場したセックス・ピストルズと23年に憲兵に虐殺された大杉栄を結びつけたアイディアにまず拍手。
4半世紀前のパンクに目覚めた平成生まれ17歳の高校生が主人公ってことに拍手。
その高校生の頭の中に、100歳ほど違う大杉栄が同居して、過去と現在を行ったり来たりする物語に拍手。

第一の感想は、現代のような閉塞した時代にこそ原初衝動に満ちたパンクのエネルギーが必要なのかもしれないってこと。
ただ注意すべきは、セックス・ピストルズのステージがそうだったように、アナーキーな原初衝動が一気に開放されると暴力が生まれやすいことで、ビートニクからヘルス・エンジェルズが生まれたのは記憶に新しい。
この物語でもライオン丸小泉に短刀を突き刺すシーンがあり、結局テロルの物語としてジ・エンドになるのか、と思ったらさにあらず、主人公の白昼夢に終わったのでほっとした。
このシーン、文中に言及がないので若い読者のためにおせっかいを焼くと、社会党の浅沼委員長を刺殺した山口音弥の事件がモデル。中年以上の世代なら余計なおせっかい。
もうひとつ余計なおせっかいを焼くと、文中であえて「鎌倉のサド文学者」と匿名で記しているのは澁澤龍彦氏のこと。

で、何が一番面白かったかというと、ポスト・モダン、脱構築といった現代思想(ちょっと前)のキーワードを使って、日本最大のアナーキスト集団はむき出しの欲望だけが自律運動してきた自由民主党であると、主人公の兄に言わせているところ。
大笑いしてしまった。

もうひとつ、大正時代にワープするので、当時の文学者がぞろぞろ登場してくるのも面白い。
本郷菊富士ホテルには谷崎潤一郎や竹下夢二が出入りしているし、パリのキャバレーにはフィッツジェラルドと酔っ払ったゼルダがいる。大杉栄が訳していたのが無名時代のヘミングウェイだったというオチもあり、こんな遊びが大好きなボクは大喜びだ。

小説の方だが、閉塞の先にある未来が見えない現代の物語らしく、開放は愛の中でしか実現しないとばかりに大杉栄伊藤野枝の100年越しの愛が美しく実るのだが、それはまた棲み憑かれた主人公とりんこりんの愛の物語へと通じていて、それなりに面白いのだ。

もうちょっと中身よりの話をすると、主人公はパンクバンドにベーシストとして参加する。初ライヴのとき、頭の中に棲みついた大杉栄が、これぞアナーキズムだと興奮して主人公の体をのっとり、ヴォーカルリストを蹴飛ばしてアナーキズム万歳の大演説をパンクのリズムに乗せて歌いだすのだ。
聴衆は興奮興奮大興奮だ。
もっともこうしたエピソードは細部にすぎないんだけど、面白くて夢中になる。
細部が異常なまでに面白い小説なのだ。

語り口はあくまで軽快。
だからす~いすいと水上をすべるように読めるので若い読者にこそお勧めだ。

この小説で初めて知ったんだけど、近年では甘粕正彦は虐殺の下手人ではなかったという説があるそうで、中森氏は別人の憲兵を登場させている。

ボクはといえば、大杉栄はよく知らないが、女房を取られた辻潤にはシンパシーしたクチなので、中森氏が辻潤のことを好意的に書いているので、それだけでこの小説を推薦したくなる。



The Sex PistolsーAnarchy In The U.K

https://youtu.be/cBojbjoMttI

カート・キャノン「酔いどれ探偵街を行く」・・・傑作ハード・ボイルド・・Suede

梅雨が明けた。

食料品の買出しに街まで出かけたついでに、いつもの店で餃子を肴にビールをあける。

昼酒は効く。

13時に帰ったら、バタンキューで4時間も昼寝をしたらしい。

目覚めたとき、昼寝だったとは気づかす、5時というのはちょっと朝が早いけど、ま、いいか~と起きて外を見たら朝焼けじゃなくて夕暮れ。

え~っと、びっくりしたら昼寝の記憶が蘇ってきた。

 

こんなに昼寝をすると、夜が辛い。

といって、さっきまで本を読んでいたので、残りの時間、ブログを書く気にもなれない。

 

2008年に書いたブログ記事を再掲載してお茶を濁そう。

当時のブロ友さんはみんなブログから離れていったので、それでいいのだ~べらまっちゃ。

 

 

 

 

 

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超面白い小説だ。
まじりっけなし、純度100%の面白さなのだ。
なんたってタイトルがいい。
安酒の臭いと裏街の臭いがプンプン漂ってきて、カート・キャノンなんて作家は聞いたこともなかったが、おいでおいでするタイトルを待たせちゃいけないと即買い求め、レジのお姉様が釣り銭の計算を間違えている間に読み始めたら止まらなくなって、歩きながらも読むのを止められなくて、電信柱にぶつかり、怖い兄ちゃんに突き飛ばされ、車に轢かれながらも読みつづけていたら読み終えてしまったのだ。
そういえば釣り銭をもらったんだっけ?
お姉さんをもらって帰っても良かったんだけど・・。
 
たとえばこんな具合だ。

 

でぶ公はこんどは怖がらなかった。目は大きく見開いていたが、もう恐怖が彼をかきみだす心配はなくなっていた。殺したのは経済観念のない人間だったに違いない。そいつは大型ピストルの中身を、でぶ公のからだへ、洗いざらい叩きこんで、胸をめちゃめちゃにしていた。

 

この粋な文体こそがハードボイルドの醍醐味。
文字通り「はーど・ぼいるど、だじょう~!」なのだ。

 

こんな会話を抜き出してもいい。

 

「きみの名前は、なんてんだい、若いの?」
「そんなことを聞きたがってるやつは、誰なんだい?」
「おれだ。カート・キャノンだよ」
「そうかね?」
「そうだね」

 

リズムがかっこよくて、ゾクゾクするじゃありませんか。
ビート・ミュージックかジャズを聴きながら読みたいな。
ヘミングウェイの名作短編「殺し屋達」を思い出しませんか。
いま、「文体」と言ったけれど、原書で読んだわけじゃないので、もちろん日本語の「文体」です。
で、このかっこいい日本語の「文体」を作ったのは都筑道夫氏。
どおりでかっこいいわけだ。
もう知らない人がいるかもしれないので、ちょっとだけ触れておくと、「ミステリー・マガジン」の編集長を経て、英米ミステリーの著名な翻訳家となり、創作活動もしていた人です。
この本は8編の短編が収められた短編集で、原文が発表された53年から54年にかけて日本語版「マン・ハント」誌に翻訳掲載されたのが初出だそうで、早川のポケット・ミステリーに収録されたのが63年。同ミステリ文庫に収録されたのが76年。
翻訳文体っていうのは時代と共に変わっていくので、古い翻訳は読めない代物が多いんだけど、都筑氏の翻訳は、現代の読者が読んでも絶品なのです。
ところで、カート・キャノンという作家なんだけど、実は「87分署」シリーズで有名なエド・マクベインの別名義ペン・ネーム。
どおりで、面白いはずだ。
売れっ子になる以前、当時のパルプ・マガジン・ライターの例に漏れず、彼もいくつかの名前で書き散らかしていて、カート・キャノン名義で8編の短編(ここに全部収められている)が書かれている。
で、主人公の探偵の名前もカート・キャノン。
新婚早々、嫁さんに浮気され、立ち直れなくなって、ニュー・ヨークのスラム街で酒浸りの生活。
どん底まで落ちてるんだけど、見捨てられた街の住人たちの間に次々と起こる事件が彼を追っかけて来て離してくれない、というのが8編の骨子。
裏切った嫁さんをいつまでも忘れられなくて、そこがまた切なくて、男にはジーンと来てしまうのだ。
ぼろぼろなのに、何故か女性には縁があって、ちょっとばかし羨ましいぞ。
一時期絶版になっていたらしいが、01年に復刊され、現在発売中。
掲載の写真は89年版なので、カバーデザインが異なっています。ご注意下さい。
 
一応音楽ブログなので(読書ブログでもあるが)、同じ08年に書いた音楽を聴きましょう。
 
 
 
 

Suede・・・90年代の唯美主義者たち

 

 
  

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ブログを始めたのがきっかけとなって、90年代の音に目覚めたが、CD購入基準はもっぱら若い仲間たちに負っている。
若い人たちのセンスの良さにはびっくりするのだ。
どうせ何も知らないんだから、センスのある人たちに従ったほうがいい。
で、彼らに教わって聴き始めたのがこのスウェード
すっかり気に入ってしまった。
ホモセクシャルの歌詞がどうのこうのとか、反道徳的な言辞がどうのこうのとか言うつもりはない。
極めて「唯美的」で「官能的」な音なのだ。
まず、曲の作りがドラマチックで美しい。
ファルセットを多用したヴォーカルの Brett Anderson の歌声が様々なドラマを演出しているようで、聴くたびに違ったイメージが想起されてくる。
これはすごいことなのだ。
その歌声を愛撫するように Bernard Buttler のギターが、こちらも表情豊かに絡みつく。
60年代後半からウネウネとのたくるギターが主流になって、その反動で、70年代後半のニューウェーブやパンクはブツブツぶったぎるギターが主流になったが、バーナード・バトラーのギターはその中間。
聴いた範囲ではこんなギターが90年代の主流のようだ。
つまり、3200mを走る春の天皇賞が主流だった時代から、1200mの短距離電撃戦へと趣味が変わり、それも飽きたので、2000mの中距離路線、秋の天皇賞が主役になったようなものだと思えばいいのだろう。
別の言い方をすると、ヨコ揺れの時代からタテ揺れの時代になり、またヨコ揺れの時代になったということだ。
地震だって短い距離(直下型)ならタテ揺れ、長い距離ならヨコ揺れ、と決まっていて、これを「波動の法則」といって、五味なんとか博士が実用化したので宇宙戦艦ヤマトが作られたといういわくつき理論なのだ。(ホントですよ。クロネ○戦艦ヤマトの「波動砲」を見よ!)
話が支離滅裂になって訳が分からなくなってきたが、「とてもいい」ということを言いたかったのだ。
で、最初の写真が93年の1stアルバム Nude (CDです)。
収められた12曲とも抜群の出来で、駄作がない。
ちょっと珍しいケースだ。
2曲目の Animal Nitrate という曲がUチューブにあったのでどうぞ。
ヴィデオの雰囲気が、彼らについてあちこちで書かれているのにピッタリだと思う。
   
真中が2ndの Dog Man Star 。
こちらはちょっとバラつきがあるが、ボクが聴いた3枚のうちでは1番好きなアルバムだ。
6曲目の The Power という曲がとくにいい。
10曲目の Black Or Blue という曲ではバックにオーケストラを加えていて、短いけれど構成が複雑で聴き応え十分。ブレットの声が何十色にも塗り重ねられていて、深みのある油絵のようだ。
11曲目の Asphalt World になると、実験的な色合いも帯びていて、初期の頃のピンク・フロイドを髣髴させる。
(余計なことだけど、ピンク・フロイドプログレなんかじゃありませんよ。いずれまたそのことも書きたいが)
アルバム製作中にブレットとバーナードがトラブって、完成を待たずにバーナードが脱退したそうなので、バラつきは多分そのせいなんだろう。
最後が02年の5th、 A New Morning で、彼らの最後のアルバム。
先の2枚とはメンバーが大幅に変わっているせいもあり、曲調もドラマチックな壮大さが影を潜めてこぢんまりとした感じだが、アコースティックな音が前面に出て、より聴き易くポップな音になっている。
ブレットの歌いかたもファルセットを押えて、唯美的というよりは力強い。
とはいえ、「らしさ」は十分なので、こちらも気に入っている